高松高等裁判所 昭和43年(ネ)69号 判決 1969年10月30日
控訴人 真鍋政郎
<ほか一名>
被控訴人(別紙選定者による選定当事者) 岡本広二
主文
一 原判決中控訴人ら敗訴の部分を左のとおり変更する。
二 控訴人らは連帯して被控訴人に対し、金一七〇、九〇〇円および内金九六、五八三円に対する昭和三〇年一月二二日以降完済まで年三割六分の、内金七四、三一七円に対する昭和三〇年三月一九日以降控訴人真鍋政郎は年三割六分の、控訴人真鍋勝一は年六分の各割合による金員の支払いをせよ。
三 被控訴人のその余の請求を棄却する。
四 訴訟費用は、第一、二審とも控訴人らの連帯負担とする。
五 この判決は第二項にかぎり仮に執行することができる。
事実
控訴人両名は、「原判決中控訴人ら敗訴部分を取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は、「本件控訴を棄却する、控訴費用は控訴人らの負担とする。」との判決を求めた。
当事者双方の事実上および法律上の主張は、左のとおり付加するほかは、原判決事実摘示のとおりであるから、その記載をここに引用する。
(控訴人の主張)
一 控訴人真鍋政郎(第一貸金分)および訴外岡田利三郎(第二貸金分)が被控訴人の先代岡本吉助から借り受けたのは、いずれも一〇万円ではなくて、これより一か月分の利息五、〇〇〇円を天引きした九五、〇〇〇円である。
二 本件貸金債務はいずれも、すでに時効によって消滅している。すなわち、本件第一貸金の弁済期は昭和三〇年一月二一日であるから、これより一〇年を経過した昭和四〇年一月二〇日限り時効によって消滅し、また、第二貸金につき主債務者岡田利三郎が内入弁済をなした最終日は昭和三一年二月二八日であるから、これより一〇年を経過した同四一年二月二七日、右第二貸金債務もまた時効によって消滅したものである。
(被控訴人の時効中断の主張)
一 被控訴人の先代岡本吉助は昭和三二年一〇月一五日、本件各貸金につき、徳島地方裁判所川島支部に控訴人両名を被申立人として破産の申立をし(同支部昭和三二年(フ)第一号)、かつ、同破産手続において本件各貸金債権の元利金を記載した計算書を提出しているので、これによって時効は中断している。
二 さらに控訴人らは、右破産事件において本件貸金債務を承認している。
三 なお、本件第二貸金については、主債務者岡田利三郎の死亡後、昭和三六年八月二一日ごろに同訴外人の相続人である岡田重子がこれを承認している。
(控訴人らの反論)
一 被控訴人主張の破産の申立は、昭和四一年一二月二六日取り下げられているから、右破産の申立によってはなんら時効中断の効力は生じない。
二 控訴人らは、右破産事件において、書証として提出された控訴人ら振り出しの約束手形の成立を認めたことはあるけれども、本件貸金債務を承認したようなことはない。
三 なお、第二貸金について、被控訴人は訴外岡田重子がこれを承認したと主張するけれども、右岡田重子は岡田利三郎の息子の妻にすぎないから、同人がこれを承認したとしてもなんら時効中断の効力を生ずるものではない。
(被控訴人の答弁)
前記破産の申立が昭和四一年一二月二六日に取り下げられたことは争わないけれども、右破産申立の取下前、同年一二月二三日に被控訴人は本訴貸金請求の訴えを提起したものであり、かつ、同一の債権を二個の手続において同時に主張する必要はないものと考えて破産申立を取り下げたにすぎないから、そのために時効中断の効力がはじめに遡って失われるはずはないというべきである。
証拠≪省略≫
理由
一 控訴人ら主張の本案前の抗弁については、当裁判所もこれをなんら理由がないと判断するものであって、その理由は、原判決理由中の説示(原判決五枚目表八行目初から同枚目裏一三行目終まで)と同一であるから、それをここに引用する。
二 しかして、被控訴人の先代岡本吉助が、被控訴人主張のように、控訴人真鍋政郎および訴外岡田利三郎に金員を貸付けたこと、控訴人真鍋勝一が右政郎の貸金債務につき、また、控訴人両名が右訴外人の貸金債務につき連帯保証をしたことはいずれも控訴人らの明らかに争わないところであるが、控訴人らは、右貸金の元本額は一〇万円ではなく、いずれも一か月分の利息五、〇〇〇円を天引きされたので九五、〇〇〇円であると争うので、まずこの点について考えるに、≪証拠省略≫を総合すると、本件第一、第二の各貸金については、その元本を一〇万円としたうえ、これを貸付けるさいに、一か月五分の割合による一か月分の利息五、〇〇〇円を天引きし、金九五、〇〇〇円を現実に各借主に交付したものであることがうかがわれるのであって、右認定に反する証拠は存しない。ところで、利息制限法二条によると、利息を天引した場合において、天引額が債務者の受領額を元本として同法一条一項に規定する利率により計算した金額をこえるときは、その超過部分は、元本の支払いに充てたものとみなされるものとされているが、本件の場合、右の天引利息五、〇〇〇円が、受領額九五、〇〇〇円を元本として年二割の利率によって計算した一か月の利息一、五八三円をこえることは明らかであるから、その超過部分三、四一七円は元本の支払いに充てられたものとみなさるべく、したがって、本件各貸金の残存元本額はいずれも九六、五八三円であるといわなければならない(控訴人らの前記主張は、右のごとき天引利息中制限超過部分の元本充当の主張を含むものと解する)。
三 そこで以下、控訴人ら主張の消滅時効の抗弁について検討することとする。
本件第一貸金の弁済期である昭和三〇年一月二一日から一〇年を経過し、また、第二貸金についても、その弁済期後、主債務者である岡田利三郎において内入弁済をなした最終日であると控訴人らの自陳する昭和三一年二月二八日からでもすでに一〇年を経過していることはいずれも明らかであるが(なお、本訴提起のなされたのは昭和四一年一二月二三日である)、被控訴人は、右時効は破産の申立によって中断していると主張するので考えるに、≪証拠省略≫によると、被控訴人の先代岡本吉助が昭和三二年一〇月一五日、外六名と共同で控訴人両名を被申立人として徳島地方裁判所川島支部に破産の申立をなしたことが認められるけれども、≪証拠省略≫によると、前記岡本吉助は右破産の申立において、額面金一〇万円、支払期日昭和三〇年一月二一日、支払場所阿波商業銀行鴨島支店、振出日昭和二九年一二月二三日なる控訴人両名共同振出、岡本吉助宛の約束手形一通の所持人である旨主張するとともに、右手形債権にもとづいて破産の申立に及ぶ旨陳述しているにとどまり、本件各貸金債権にもとづいて右破産の申立をしたものではないことが明らかである。もっとも、≪証拠省略≫によると、右約束手形は本件第一貸金を原因関係としてその支払いのために振り出されたものであることがうかがわれるけれども、債権者のする破産宣告の申立が債権の消滅時効の中断事由となるのは、それが裁判上の請求に当ると解せられるからであって(最高裁判所昭和三五年(オ)第六五五号、同年一二月二七日第一小法廷判決、民集一四巻一四号三二五三頁参照)、その点からすると、本件第一貸金債権とは法律上別個の債権である右手形債権にもとづいてなされた前記破産の申立は、第二貸金債権についてはもちろん、第一貸金債権についても時効中断事由とはなりえないといわなければならない。
ところで被控訴人は、さらに、右破産手続において本件各貸金の元利金を記載した計算書を提出しているので、これによって右時効は中断されていると主張するので考えるに、≪証拠省略≫によると、被控訴人の先代岡本吉助が、右破産の申立後まもなく、同手続において、破産原因たる債務超過の事実を立証するための資料として約束手形二通およびその付帯約定書二通(本件甲第一ないし第四号証と同一のものであって、本件第一および第二貸金の事実が記載されている)を提出するとともに、右資料に記載されている本件第一および第二貸金債権の元利金の合計額を明らかにするため、その明細を記載した計算書を提出していることが認められるのである。そこで、右資料および計算書の提出が本件時効の中断事由となりうるかどうかについて考えてみるに、もともと消滅時効の制度は権利の上に眠れる者は保護されないとすることにあるのであるから、たとえ裁判上の請求に当らない場合でも、債権者のなす一定の行為に権利主張の意思が客観的に表示されており、そのためにもはや権利の上に眠れるものでないことが明らかなときには、その行為をもって時効中断事由たる催告に当たるものと解するのを相当とするところ、前記資料および計算書は、直接には破産原因である債務超過の事実を立証するために提出されたものではあるけれども、いずれ破産宣告の暁には、所定の手続に従って破産裁判所に届出るべきことが当然に予想される債権の内容を明らかにしたものにほかならないから、かような資料および計算書を破産宣告手続において提出する行為には、権利主張の意思が客観的に表示されているものといわなければならず、したがって、右行為は時効中断の事由たる催告にあたるということができる。
しかるところ、右破産宣告の申立が昭和四一年一二月二六日取り下げられたことは当事者間に争いのないところ、被控訴人は、右申立取下げの三日前である同月二三日本訴貸金の訴えを提起したものであるから、時効中断の効力は失われないと主張し、かつ、右同日被控訴人が本訴を提起したことは記録上明らかなところである。しかして、破産宣告の申立が裁判上の請求として時効中断事由となるものとすれば、その取下げの場合に時効中断の効力を生じないことは民法一四九条の規定に照らして明らかといわなければならないけれども、本件の場合は、破産宣告の申立自体が時効中断事由となるのではなく、破産宣告手続においてなした債権者の行為が催告として時効中断事由にあたるものと解すべきこと前記のとおりであるから、右申立の取下げによってただちに、時効中断の効力がさかのぼって生じなかったものとなるものではないといわなければならない。しかるところ、破産原因たる債務超過の事実の立証は、破産決定のなされるまで引き続いてなされるのが通常であるから、前記資料および計算書の提出による本件各貸金債権の主張も継続してなされているものというべく、これによる時効中断の効力も右申立の取り下げがなされるまで存続するものと解するのが相当である。そうすると、右催告による中断の効力は、本訴貸金の訴えの提起によって確定的となり(民法一五三条)、その後に右申立が取り下げられたからといってなんら右中断の効力に消長はないといわなければならない。
四 以上のとおりであるとすると、控訴人両名は連帯して左のとおりの金員の支払いをなすべき義務があるので、被控訴人の本訴請求はその限度で正当であるが、その余は失当として棄却すべきである。
(一) 第一貸金については、元本残額九六、五八三円(その内訳は、選定者岡本鶴吉に対し金一〇、七三一円、その余の選定者に対し各金二一、四六三円)およびこれに対する弁済期日の翌日である昭和三〇年一月二二日以降完済まで約定利率を利息制限法所定の利率に引き直した年三割六分の割合による約定遅延損害金(その内訳は、選定者岡本鶴吉に対し九分の一、その余の選定者に対し各九分の二)。
(二) 第二貸金については、被控訴人において、弁済期の翌日である昭和二九年九月六日以降同三〇年三月一八日まで一九四日分の遅延損害金として合計四一、〇〇〇円を主債務者から受領している旨自認しているので、そのうち少くとも、残元本九六、五八三円に対する正規の利率である月三分(一日一厘)の割合による一九四日分の遅延損害金一八、七三七円を超える部分二二、二六三円は残元本の支払いに充当されたものというべきである(被控訴人は、右損害金を昭和二九年一〇月二九日から同三〇年二月二八日までの間、九回にわたって受領した旨自認しているけれども、右各損害金をいつからいつまでの分の損害金として受領したかについてはこれを主張せず、ただ単に前記昭和三〇年三月一八日までの損害金の内入として受領した旨自認しているにすぎないばかりか、控訴人らにおいてなんらの主張もしないから、結局、全額が被控訴人の主張する昭和三〇年三月一八日に支払われたものとして計算するよりほかはない)。すると、第二貸金の残元本は七四、三一七円であり、控訴人らはこれとこれに対する昭和三〇年三月一九日以降完済まで前同様年三割六分(ただし、控訴人勝一については、本件申立の範囲内の年六分)の割合による約定遅延損害金の支払義務を負うものである(その内訳は、選定者岡本鶴吉は元本八、二五七円、損害金九分の一、その余の選定者は元本各一六、五一五円、損害金各九分の二。ただし、円以下切捨)。
よって、右と異なる原判決はこれを変更することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法九六条、九二条但書、九三条を、仮執行宣言につき同法一九六条を各適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 橘盛行 裁判官 今中道信 藤原弘道)
<以下省略>